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─八章  破滅の足音(2)─



最初の部隊が洞窟の中に突入してからしばらくが経過した。続いて、部隊長の号令と共に第二陣が突入を開始する。

スヴェン達は、シリオスの側でその様子をながめていた。

すさまじい音が洞窟から響いてきた。ブレイエの砦で耳にしたのと同じものだ。兵士達の怒声がそれに混じる。ネフィアの抵抗は、こちらの予想以上に迅速だった。

ネフィアの連中は、じつに厄介な場所に根城をはっていた。洞窟を抜ける以外、岩山の内部に入る手段はない。しかも、その洞窟は無数にあり、どれが内部まで 通じているのかの全容を把握するには、相当の時間がかかりそうだった。しかも、狭い洞窟では、一度に送りこめる戦力に限りがある。

もっとも、不完全ではあったが、こちらは奇襲に成功しているのだ。ネフィアの対応は素早かったものの、こうしている間にも、他の部隊が別の洞窟から次々と 侵攻を開始しており、内部へと通じる道も少しずつではあるが発見されつつある。向こうもそのすべてを食い止め続けることはできないだろう。

シリオスを中心としたスヴェン達の一隊は、先行する部隊がネフィア本拠地を一通り制圧した後、内部へと入りこむ手はずになっている。制圧後が前提となっているため、実際に相手方と剣を交える可能性は少ない。ガティはそのことに、ずいぶんと不満げだったが。

しかし、作戦はあくまでも予定でしかない。不測の事態が起これば、自分達もこの戦闘に加わることになるだろう。

不測の事態──スヴェンの脳裏を、数日前に発見された『虫』の死骸がかすめる。あの常人離れした所業を行ったのが、本当にネフィアの人間なのだとしたら、そいつがこの戦いに出てくることは十分に考えられる。

「セラ・シリオス……」

おずおずとしたドレクの声がした。スヴェンは彼に目を向けた。

「なんでしょう?」

緊迫した空気の中、黒衣の英雄は常時と変わらない穏やかさで答える。突入部隊が『ネフィア』の抵抗に足止めを食っていることなど、まったく気にも止めていない様子だ。

「この岩山なんですけどね……連中を一人も逃がさないように、ぐるっと取り囲まなくてもよろしいんですかい?」

「そうしたいところですけどね。残念ながら、洞窟の全容も把握できていないこの状況では、我々にあたえられた戦力だけで迅速に包囲するのは難しいでしょう」

「だけど、この間にネフィアの連中が、俺らの押さえていない洞窟から逃げ出したりしたら、面倒なことにならんですかね?」

「もちろん全滅するまで抵抗を続けるほど、彼らも愚かではないでしょう。この戦闘が長期化すれば、こちらが近隣の砦から増援を呼んで出入り口すべてを封鎖できることぐらい、向こうもわかっているはずですから」

スヴェン達が注目する中、英雄はあっさりといった。

「今の彼らの抵抗が、脱出のための時間稼ぎであるのは間違いありません。ですが、それで逃げだす人間は、おそらくただの構成員にすぎないでしょう。そんな 者達を討ったところで意味がない。我々が狙うのは、彼らを指揮している者のみです。指導者さえ潰してしまえば、このネフィアという組織は瓦解します。それ で目的は果たされる」

「じゃあ、セラ・シリオスは、奴らの親玉が逃げたりしないとお考えなんすか?」

ガティがたずねた。

「ええ」とシリオスは微笑む。

「問題ないと思いますよ。むこうは、こちらに気づいていますからね」

よどみない口調。だが、その意味はわからなかった。気づいているからこそ脱走を図る……というのが普通の考えであるはずだ。

しかし、こうも余裕と確信を持って断言されては、スヴェン達には返す言葉もない。理解はできなくとも従うしかなかった。現にシリオスは、雲をつかむような状況の中、見事なまでに討伐軍をこの地まで導いたのである。もはや、誰も彼の判断を疑うことはできない。

この英雄は、ネフィアという組織とその指導者について、自分達に語っている以上の何かを知っているのではないか──むろん推測にすぎないし、本人に追求こそできないが、スヴェンはそう考えていた。

当のシリオスは再び沈黙している。そのたたずまいは、焦りと緊張の空気が色濃く漂う中、一人悠然とくつろいでいるようにさえ見えた。まるで何か……音楽にでも聞き入っているような。だが、聞こえる音といえば、洞窟から響いていくる戦いの騒音だけだ。

いったい、セラ・シリオスとは何者なのか──行動を共にするにつれて、彼に対するそんな印象がスヴェンの中で深まっていく。『英雄』、『継承者』……そんな言葉ではくくれないほどの何かが、この黒衣の男に秘められているような気がしてならない。

気を取り直し、スヴェンは洞窟に視線を戻した。

(この先にアイツがいる)

おそらく、イノもセラーダ軍が攻めてきているのを知っているだろう。まさか、その中に自分達が参加しているとは、予想もしてないにちがいないが。

無事でいるだろう、とシリオスは言ったが、この状況では、敵中にあるイノの身に危険が及ぶかもしれない。そう思うと、この場で待機しているのがじれったくなってくる。

ふと肩に手を置かれるのを感じた。カレノアだった。

相変わらずの無言、無表情。だがその瞳に、こちらを気づかう光が宿っているのが、スヴェンにはわかった。

「わかってるさ」長い付き合いの友人にそう答えた。

気持ちばかりはやったところで、何かが変わるわけではない。

それでも、スヴェンは焦りを抑えることができなかった。



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