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─十四章  老婆と隊商(2)─



広大な森の中から、反逆者達の痕跡をこれ以上追い続けるのは困難と判断したスヴェン達は、周辺にある村々を廻って、彼らが立ち寄ったかどうかを 調べる方法に、捜索の手段を切りかえていた。

その理由は、自分達と戦ったさい、あの二人が置き去りにした荷物にあった。二つの荷袋には食糧等、長期の旅に必要なものが大量に詰めこまれたままだった。 つまり、彼らはほぼすべての荷を失ったことになる。たしかにあの状況では、これらを回収しつつ逃亡するのは不可能だったろう。

今だに反逆者達が何を目的として旅をしているのかはわからない。だが、それが何にせよ、荷を失ったことで致命的な打撃を受けたのは間違いなかった。必ずど こかで物資を調達しようとするはずだ。

彼らも、今頃はこちらを撒いたものと判断しているだろう。ならば次にする行動は、新たな荷を得て旅を再開することだ。とくに食糧の問題は切実だから、なる べく急いで行おうとするに決まっている。そして、それが出来る場所は近隣にある村々以外にはない。

そこでスヴェン達は、反逆者達が目指しているらしい北の方角にある村から手をつけることにしたのだが……。

「やれやれだな。これじゃあ、いつになったら追いつけるやらわからんぜ」

三つ目の村が空振りに終わって、街道沿いに次の村を目指す途中で、ドレクがぼやいた。 

「仕方ないだろう。俺達だけで処理しなければならないんだから、エラエルの砦でグリー・グルを借りるなんてことはできない。地道に歩いて行くしかないさ」

「ま、どのみちエラエルまで向かってる時間もないか」

間延びした声でそう言うと、午後の穏やかな日差しの中、ドレクは大きく伸びをした。

呑気げな様子の年長者から視線を外し、スヴェンは目の前に伸びる街道を見た。表情にこそ出してはいないが、とても彼のような余裕は持てなかった。

はたしてこの調査はうまくいくのだろうか。もし、これで手がかりがつかめなかったら、反逆者達の追跡は不可能になる。そうなれば、待っているのは自分と親 しい者達の破滅だ。

『聖戦』はすでに始まっているだろう。自分達は参加することができなかったが、セラーダの大軍はフィスルナを発ったにちがいない。そしてセラ・シリオス も……。

もし彼が戦死するようなことがあれば、この件をうやむやにすることができるかもしれない。新たな罪を重ねることもなく、破滅することもなくなるかもしれな い。「あいつ」と自分と……お互いにこのまま二度と会うことなく、それぞれの生をまっとうできるのなら、それはそれでいいのかもしれない。

しかし、それは叶わぬ願いだ。あの英雄は誰よりも「死」という言葉に縁がないように思える。そして、彼が存在し、自分達もまた存在する以上、この「任務」 は成否以外の結果に終わることはない。

成功か、失敗か。前者を選択しなければならないのは明白だった。後者を選べば、シリオスは自分達をあっさりと処分するだろう。スヴェンはそれを確信してい た。

ちらと隣を歩いているカレノアを見る。シリオスを『怖ろしい』と言っていた大男は、その後はいつもの無言一徹だった。だが、あの夜親友が口にした言葉は、 いつまでもスヴェンの胸の内に張りついていた。

「おい。前から誰か来るぜ」

ドレクの声に、スヴェンはそちらに目をやった。街道のはるか先からやってくる集団がある。

「ありゃあ隊商だな。ま、ここらじゃよく見かける連中だよ。あの方向だとシケットから帰ってきたんじゃねえかな」

「シケットって、あの自由都市のか?」

セラーダの管理外にある地域で一番規模の大きい都市──ということでなら、スヴェンはその名前を知っていた。

そのシケットさ、とドレクは続けた。

「もとは隊商同士が交流するためのちっぽけな町だったんだがな、それがあれよあれよというまにデカくなっちまって、ちょいとした都市になっちまった。ま、 フィスルナよか大したことねえがな。今じゃ地方から来る隊商連中のほとんどが、あそこを目指してる」

「やけに詳しいんだな」

「俺は青二才の頃、あそこで傭兵やってたんだよ。警護を欲しがる隊商に、腕っこきの連中を斡旋する所があってな。だからさ」 

ドレクがフィスルナの生まれでないのは聞いていたが、そんな過去があったとは知らなかった。他人の過去はあれこれ詮索しないのがセラーダの人間のルールだ からだ。付き合いが長いとはいえ、カレノアも語らない過去は持っている。そしてこの自分も……。

「『豪腕のドレク』──なんて名前つけて売りこんでたもんだ。懐かしいな」

おどけた様子で腕を突き出し力こぶを作る彼の姿に、スヴェンは少し笑った。

「『豪腕』、とはね」

「なんだよ。文句あるか?」

「とんでもない。あんたらしいよ」

まあな、と彼は大笑した。この年長者が自分の張りつめた気持ちを和らげようとしていることに、ようやくスヴェンは気づいた。

やれやれ、と苦笑する。これではどちらが隊長だかわからない。 

お互いの姿がはっきりと見えるまで距離が縮まってきたところで、ドレクが隊商の先頭にいる武装した男に手を挙げて挨拶した。さすが慣れている様子である。

相手の邪魔にならないよう道の脇によけたスヴェン達の目の前を、ガル・ガラの引く荷車が音を立てて通り過ぎていく中、さきほどドレクが挨拶を交わした男が 近寄って声をかけてきた。武装した格好から見て、隊商に雇われている傭兵のようだ。

「あんた達、ここから先は気をつけた方がいいぜ」

「何かあったのか?」ドレクがたずねた。

「『虫』だよ。つい最近この先に出たらしいんだ。運悪くその場に居合わせた連中が襲われちまったらしくてさ。正直な話、あんた達を遠くから見たときは、そ うなんじゃないかって少しビビっちまったよ。まったく、セラーダでも何でもいいから、はやくあのバケモノ達をこの世からとっぱらってくれないもんかね」

男はすこしおどけて言った。今のスヴェン達は、「黒の部隊」の格好の上から、灰色の外套ですっぽりと全身をおおっている。その色のせいで『虫』と見間違え たのだろう。三人とも旅の人間のように装っているのは、いつぞやの村での経験から、セラーダの管理外にいる住人を警戒させず話を聞き出すには、その方が都 合がいいと判断したためだ。

「その居合わせた連中というのは、どうなったんだ?」

スヴェンはたずねた。『虫』が現れたという話が事実ならば、この先警戒しなければならない。

「なんとかやっつけたみたいだぜ。この先の辻にまだ死骸が転がっているよ。あんなの誰も片付けねえからな。俺らはその襲われたって連中から話を聞いたん だ。シケットへ続く道ですれ違ったときにさ。あんた達も、あの都へ行くのかい?」

「俺達は人を探しているんだ」と言った後で、スヴェンはふと気づいた。

「おたくら、ここら辺りで若い男女の二人連れを見なかったか? 歳は十六、七ぐらいなんだが」

なにも荷物を調達できる場所は、村に限ったわけではない。彼らのような隊商と取引することだって十分に考えられる。それに思い至ったのだ。

さてなあ、と男は首を振った。スヴェンはカレノアに目配せする。隠し事をするどく見抜く大男の視線が返す合図──相手は嘘を言っていない。

「ま、あんた達の尋ね人がどこにいるかは知らないけど、シケットに向かうってことになったら用心した方がいいぜ。あそこは今ちょいと厄介な状況になってる からな。『虫』に襲われた連中にも警告したんだけど……まあ連中も生活のためだからな。そのまま行っちまった」

「おっと、そろそろ行かなきゃな」と、人の良さそうな傭兵は手を振った。

「あんがとよ。そっちの旅の無事を祈るぜ」    

「お互いにな。あんたらも尋ね人が見つかるといいな」

片手を上げたドレクにそう返すと、男は去りゆく隊商の列へと戻っていった。

「だ、そうだ。どうする?」

「どうするも何も、進むしかないだろう。それに……その『虫』の死骸とやらも、少し見てみたい」

『虫』──アイツ。それは根拠のない連想だ。怪物達と戦えるのは、なにもセラーダの兵士に限ったわけではない。だが、スヴェンは少しだけ胸に引っかかりを 感じていた。その正体がただの儚い希望だと、自分でもわかってはいたが。

スヴェンは歩みを再開した。意識こそしていなかったが、少し早足で。 



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