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─十五章  自由都市シケットの騒乱(1)─



ズラセニが「喰らう」という行為をものすごく気に入ったのは、生まれて初めて人の頭をかち割ったときだ。

その旅人の頭をたたき潰したのは歯ではなく、手にしていたぶっとい棒きれだったし、もちろん地面に飛び散った脳漿を食べたりしたわけでもないが、それでも 相手を「喰らった」という印象を強く持ったことを、ズラセニはよく覚えている。そして、喉に詰まっていたものを飲み干したときみたく、スッとした気分に なったことも。

そして、ズラセニはわかったのだ。あの灰色のバケモノ達が、どうして自分の故郷である村を「喰った」のかが。連中もこのスッとした気分を味わいたかったのだ。たしかに、それはこれまで感じたことのないほど爽快なものだったから。

そして、ズラセニは「喰らい」はじめた。最初は一人で行動していた。生まれつき身体も頑丈だったし、頭の回転も速かったため、相手が少数なら機会をうかが い、まとめて「喰らう」ことができた。男はその場で殺し、女はねぐらにしていた洞窟までかっさらった後、好きなだけ犯してから殺した。性交の相手は、若け れば若いほど楽しめた。そして、彼らから奪った食糧等で我が身を養い次の獲物を待った。

やがてズラセニは、この地方には自分以外にも「喰らう」者がいるらしいことを知った。しかも、彼らは群れを造り、自分一人では手の出しようのない大きな獲物を襲っているらしい。それを知ったときは胸が躍ったものだ。

ズラセニは、さっそく仲間を捜すことにした。もう小さい獲物には物足りなさを感じていた。もっと大きなものを「喰らい」たかったのだ。

やがて仲間は見つかった。その数は十人にも満たなかったが、全員ぎらついた目をしていた。自分と同じ「喰らう」側の人間だとすぐにわかった。

しかし、いきなり「仲間に入れてほしい」と姿を現すつもりはなかった。それではつまらない。

「喰って」やるのだ。彼らの中で一番強い者を。そうすれば、残りの連中はさらに強い自分に対し服従するだろう。逆らえばそいつも「喰う」だけだ。その方が面白いと考えたのである。

ズラセニは忍耐というものを知っていた。だから、その時を待った。

計画は大当たりだった。ズラセニは、連中が獲物を片付け浮かれ騒いでいる場を狙ったのだ。劇的に現れ、あっさりと頭目を殺してしまった巨体の男に酒気と度肝を抜かした部下達は、抵抗もなくいともあっさりと兜を投げてしまった。

こうしてズラセニは、初めて群れの長というものになったのだ。

そして、大きな獲物を「喰らう」日々がはじまった。道行く隊商、そして村々。さらには自分達と同じような連中まで。もちろん相手も黙って「喰われる」のを 待ってるわけではない、警戒し、色々と準備を整え、こちらの襲撃に備えている。だが、それを上回る計画を持ってたたき潰すだけの頭脳が、ズラセニには備 わっていた。

もうその頃には、ズラセニ自身が戦うことはめったになくなっていた。なぜなら、手足となる部下が日に日に増え続けていたから。それでも、大きな相手を「喰らった」ときの爽快感は格別だった。

略奪。殺人。強姦。充実した日々。だがその刺激も長くは続かなかった。

ズラセニは、もっと大きな獲物が「喰らい」たくなったのである。

自由都市シケット。この地方で一番大きな都を。

相手は難敵だった。シケットが持つ襲撃者への備えは、隊商や村などとは比較にならない。これまであの都市に挑んだ同業者が返り討ちに遭った話は、うんざりするぐらい耳にしていた。

しかし、ズラセニは尻込みしなかった。獲物が大きければ大きいほど、強ければ強いほど、やりがいがあるというものだからだ。

何年もかけて計画を練った。そのための準備も整えてきた。

ズラセニは忍耐というものを知っていた。そしてその時は近づいていた。


*  *  *


「大将」

扉の向こうで声がした。

「マッセか。入れよ」

ズラセニは横たわっていたベッドから身体を起こして言った。はち切れんばかりの筋肉を誇る巨躯に似合わず、その声はやけに甲高い。

ひょこひょこと入ってきたのは、部屋の主とは対照的な背の低い小太りの男だ。

「こりゃあ。お邪魔でしたかな?」

ベッドに腰かけた素っ裸の頭領を見て、マッセの眉毛が少しだけ上がった。

ズラセニは気だるそうに首をめぐらせた。となりには、彼と同じく裸の若い娘がうつぶせで横たわっている。肌に刻まれたむごい傷跡。どこを見ているのかわからない虚ろな瞳。だいぶ前に、部下に命じてどこぞの村からかっさらってきた娘だ。

「んなでもないよ」  

あくびをしながら答える。もうこの娘では楽しめなくなってしまった。

「そりゃよかった。さっき、『中』の連中から報告がありまして」

「お。どうなったって?」

ズラセニの顔が明るくなった。さらさらの赤い髪の下で、子供のように輝く茶色の瞳。やたらと色が白い肌の上で笑みを浮かべる薄い唇。そろそろ四十に手が届 く歳だが、その口の周りにはうっすらと産毛が生えている程度だ。それらが筋肉だらけの巨体の上に乗っかっていなければ、とても三百人以上の荒くれ者を率い る頭領には見えない。

「上々の上だそうで。仕掛けはいつでも、と」

「そうでなくちゃ困る。もう二年以上前から潜らせてんだから」

「ですなあ。で、決行はいつで?」

「今日だよ、今日! 今夜! 他の連中にもそう言っといてくれよ」

ズラセニのいきなりの決断にもマッセは動じることなく、鳥のようにひょいと首を突き出して礼をした。頭領の果断即決には慣れているのだ。そして、その判断 が今まで一度たりとも外れたことはないことも。自称副官(この組織には肩書きなどないのだ)であるマッセの役目は、そんな頭領の判断にいつでも対応できる よう準備を整えておくことだった。

マッセがそそくさと部屋から出て行った後、ズラセニは立ち上がった。

全身を駆けめぐる血。獲物を「喰らう」前の武者震い。久し振りのこの感覚。シケットの警戒を少しでも緩めるため、長いこと蛮行を控えていたのだから当然だった。

興奮のためにそそり立つ下半身。ベッドに横たわる娘をちらと見て、あの中にぶっ放してやろうかと思ったがやめた。大仕事を終えてからの楽しみに取っておいた方がいい。それに、あの都市を「喰らった」あかつきには、もっと上等な若い娘が手に入るかもしれないではないか。

ズラセニは部下とちがって、あまり金目の物には興味がなかった。楽しみは若い娘を痛めつけ下半身をぶち込むのと、獲物を「喰らう」ことだけ。それで十分だ。あれもこれもと色んなところに欲を出せば、必ずどこかでしくじることになる。

外を見る。窓の向こうに広がる崖、また崖、そして崖。いい加減この峡谷のねぐらにも飽きてきた。だが、ズラセニはじっと岩だらけの光景を見続ける。なぜならば、明日の朝目覚めるときは、窓の外の景色はシケットの町並みになっているからだ。つまりは見納めである。

自然と口元に笑みが浮かぶ。

「喰らう」──こんなに楽しいことはない。    




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