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─十五章  自由都市シケットの騒乱(4)─



夕暮れに包まれたシケットのあちこちで起こる大爆発。都市の機能をつかさどる建造物に仕掛けられた大量の爆薬が打ち上げた破壊の花火。その一瞬、一瞬の輝きが、中央にそびえる塔の外壁に染みのように照らしだされた。

ズラセニと、彼の周りで待機していた部下達から歓声が上がる。

遠目からには都市内部にいる人間達の様子はわからない。だが、それでもズラセニには、あちこちから立ち上る黒煙と、いくつかの建物に燃え移った炎の中から、彼らが上げている混乱した声の数々が聞こえるような気がした。そして、それはもうじき恐怖と絶望の悲鳴になるのだ。

「よし!」

ズラセニは景気のいい声を放った。一斉に注がれてくるぎらついた目の数々。だが誰よりも輝いた瞳を持つのはこの自分だ。

「あの『お堅い』都市は、ようやくオレ達に股ぐらを開いてくれたぞ! 存分に突っ込んで楽しませてやらなきゃ失礼ってもんだ! なあ?」

そう叫んでにっこりと笑うと。卑下た笑い声がいくつも上がった。

「と、いうことで、おっ始めようか!」

巨大な掌をパシンと打ち鳴らす。応える部下達の雄叫びの中で、ズラセニは唇をにんまり歪めた。

ズラセニは忍耐というものを知っていた。そして、それはもう終わりだ。


*  *  *


断続的に響いた爆音が収まった後。さっきまであれほどうるさかった大食堂はいっぺんに静かになった。がちゃん、とどこかのテーブルで皿の割れる音がした。

なんだ? どうしたんだ? という声がいたるところで聞こえはじめる。イノとレアは顔を見合わせた。交差する緊迫の視線。どうやら、お互い考えていることは同じらしい。

二人は席を立った。

「ホル」

「イノ。いやぁ、びっくりしたねぇ。今の音」

そう答えるホルや他の男達は、まだ浮かれ騒ぎの名残から抜けきれていない様子だ。

「あれは火薬の爆発した音だ」

イノは真顔で返した。自身の勘が告げる胸騒ぎ。それを疑わなかった。

「火薬って……じゃあ火薬庫の事故か何かかな?」

「ちがう」レアが否定した。

「音はこの都市のあちこちから聞こえてきたのよ? だから事故なんかじゃないわ」

まだ事態が飲みこめていない様子のホル達に、イノはゆっくりと言った。

「今、シケットは襲われてるんだ。たぶん、噂に聞いてた盗賊連中に。さっきの爆発はそいつらの仕業だ」

その言葉をゆっくりと噛みしめた男達の目が大きく開かれた。

「この都市の防備は相当なものだったわ。だから、いきなり外から攻めこまれたとは考えにくい。爆発は、たぶん敵の一部が内部に潜入して行ったものでしょう ね。その混乱を合図に外から『主力』が攻めてくるんだと思う……これからね」

やがて、大食堂のあちこちで小さな騒ぎが起こりだした。イノとレア以外にも、今の爆発の意味を理解した者がいるのだろう。さっきまでとは正反対の空気を持 つこの騒ぎは、いずれこの都市のすべてに大きく広がるに違いない。

「心配するこたないさ」

隊商に雇われている傭兵の一人がいった。

「もし悪党共がシケットの中に入ってきたって、詰め所にいる警備隊と、傭兵斡旋所の腕利き達が片付けてくれるよ。あそこには、いつだって武装した連中が大 勢詰めているからな」

「その警備隊の詰め所と、傭兵の斡旋所が、爆破された建物の中に含まれていなければの話でしょ?」

レアの鋭い言葉に傭兵は色を失う。

不安げな顔色をしているココナ達を遠くに見て、イノは口を開いた。

「とりあえず、みんなを安全な場所へ避難させた方がいい。ここでそれができる建物はないのか?」

「塔の近くに避難所があるよ。他の隊商も、ここの住人たちも、みんなそこに行くんじゃないかな……」

さすがに酔いが醒めてきたのだろう。ホルはしだいに真剣な顔つきになった。

「そこも吹っ飛ばされてたらどうするんだよ?」

「いや。あそこは塔の次に頑丈な造りになってるんだ。そう簡単にはぶっ壊れねえだろうよ」

傭兵同士が言葉を交わすのを聞いて、イノは再び口を開いた。

「じゃあ、とりあえずホルとあんた達は、みんなを連れてその避難所ってのに向かっててくれ。オレとレアは後から合流するから」

「ちょっと待ちなよ! 二人して何処へ行くってんだい?」

レアがじれったそうに口調を荒げた。

「ヤヘナさんはまだ戻ってきてないのよ? お婆さんが心配じゃないの?」

「あっ! そうだった! ばあちゃんが……」

「もう、しっかりしてよ! わたし達がヤヘナさんを探してくる。だから、あの人が訪ねて行ったっていう知り合いの家の場所を教えて──はやく!」

切迫したレアに腕をつかまれ揺すぶられながら、ホルはヤヘナの行き先を説明した。もう全員の酒気は完全に消え去っていた。



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