─二十一章 『導き手』の少女(2)─
夕方まで移動を続けた一行は、木々の開けた場所で休むことにした。ラシェネ達の先導のかいあって、あの戦闘以降『虫』と遭遇することもなかった。
イノは雪の積もっていない草地にあぐらをかいた。周囲に視線をめぐらす。スヴェンは荷物の中身やら武具の点検をしている。セラーダ軍と相対する行動を取
り、今や「黒の部隊」ですらない彼ではあるが、その顔つきは隊長だったころと何ら変わらないものだ。
ドレクは小さな岩に腰かけて、ときたま手にした水袋を口に運びながら一人休んでいた。歳のせいか、さすがに顔がしんどそうだ。だが、意地っ張りでもある彼
は、疲れている姿をあまり他人に見せたくないのだろう。
カレノアはといえば相変わらず瞑想中だ。ああなると、もうそこらの木や岩と変わらない自然物である。
さて……と、イノは身近に視線を戻した。自分の目の前に並んでいるニコニコした顔と、ピリピリした顔を見比べる。
レアとラシェネ。年も近いし、女の子同士だしで仲良くするのかと思いきや、まったくそんなことはなかった。ラシェネはそうでもないのだが、レアはやたらと
彼女を警戒しているように見える。それこそ『虫』に対するものと同じぐらいに。
負けず嫌いなレアのことだ。おそらく、『楽園』の技術を使った武器や、『樹の子供』としての能力をぬきで、同性の戦士としてラシェネのことをライバル視し
てしまったのだろう。さらには、ドレクが「がんばれ」などと言って焚きつけたりしたために、よけい火に油を注ぐ結果になってしまったのだ。
なんにせよこのままではよくない──イノは一人うなずいた。二人がお互いに仲良くするきっかけを作れなさそうならば、こちらでなんとかしてやろうと思っ
た。
「ラシェネの兜ってさ」
イノは口を開いた。
「どうやって外が見えるようになってるの?」
フィスルナにいる『誰かさん』ほどではないが、やはり戦士として、彼女達の使っている未知の武具には興味がある。移動中はともかく、休息している今なら少
しは見せてもらえるかもしれない。それに、この話題ならば、むっつり黙りこんでいるレアも興味を持つはずだ。
ラシェネは兜の脇に手を伸ばす、シュッ、と後部から鳥のクチバシに似た前面が滑り出て彼女の顔をおおった。もはやそれだけですごいと思える。
イノはしげしげと相手の白い頭を見つめた。やはり、口の上までを隠しているクチバシには、外をのぞき見るための穴は開いていない。磨きぬかれたような表
面には、眺めている自分の伸びた顔が映っているだけである。
「本当に見えてる?」
彼女の目の前で手を振ってみる。
「うん。見えてる」
イノの手の動きに合わせるように、相手が手を振る。
「へえ。ちょっとかぶらせてもらってもいい?」
「うーん……」
「どうしたの?」
「外の人間に、わたし達の武器を触らせるのは禁じられてる。これは大きな力。扱いを知らない者が使うと、大きな不幸を呼ぶ」
「そっか……それじゃあ仕方ないな」
イノは肩をすくめた。見せてもらえないのは残念だが、無理を言って相手を困らせるわけにもいかない。大きすぎる力──それを扱うことの危険は、自分自身が
よく知っているのだ。それに、下手に触って壊したりでもしたら謝るどころ
じゃなくなる。
ところが、こちらが気落ちした以上にラシェネはしょんぼりとしてしまった。光沢を放つクチバシが、かくんと真下を向く。
やがて、彼女は決意したように顔を上げ兜を外した。束ねた金髪がその下から現れる。
「はい」と、彼女はイノに向かって兜を差し出してきた。
「いいの?」
「うん。わたし。イノに『何でも言って』って言った。だから。約束は守る」
「でも、オレに触らせちゃまずいんじゃないの?」
「うん。でも、イノとの約束の方が大事」
ふん! とレアが大きく鼻息を噴き出す音が聞こえた。
「ありがとう」
イノは白い兜を受け取る。それは見た目通り金属で出来ているようだが、おそろしく軽かった。少し緊張しながら頭に乗せてみる。
「うわ。すごいな」思わず声を上げた。
今自分の目の前は、例のクチバシに覆われているはずだ。しかし、そこには頭に乗せていないときと変わらない光景が広がっていた。
ラシェネがニコニコと手を伸ばし、兜の脇に触れてきた。
「うわ。すごいな!」思わず大声を放った。
突如として、目の前の景色に重なるように、色とりどりに光る文字やら図形やらが現れたのである。その美しさもさることながら、こんなものは見たことがな
い。
「この、この光ってる文字は何なの?」
顔の前にあるクチバシを、興奮気味に指でつつきながらたずねた。
「周りの温度とか。今いる位置とか。色々なことを教えてくれる文字」
嬉しそうに説明しながら、ラシェネが再び身を乗り出して、兜の脇に手を伸ばす。光る図形と文字とがおどっているイノの視界に、相手の身体にぴたりと張りつ
いている青い服が映る。外套のようなものもまとわず、見るからに凍えそうな彼女の格好だが、本人いわく不思議な服のおかげで寒さは感じていないのだそう
だ。
『浮ついてる』とは思いつつも、イノはつい彼女の腰の辺りに目がいってしまった。もっとも、今は顔が隠れているのだし、女の子二人(とくにレア)には、こ
ちらの目の動きがばれることはないだろう。その意味でも、この兜が持つ脅威の技術は存分に活かされている。
と──
「あれ?」
だしぬけに、スポンと視界がもとに戻った。
「うわあ。不思議ね」
感嘆した声にイノが振り返ると、レアがこちらの頭から取り上げた兜をかぶっていた。
オレが見てる途中だったのに──と、抗議しそうになったのを我慢する。ようやく彼女が話に入ってきたのだから、とりあえずよしとすべきだ。ただ、彼女の足
下に転がってる自分の黒い兜がなんとも寂しげだった。
そして一通り周囲を眺め渡すと、レアは「はい」とラシェネに兜を返してしまった。
「そういえば、戦いが終わった後で、ラシェネは誰かと話しているように見えたんだけどさ」
ふと思い出した疑問を、イノは口にした。
「うん。里にいるおじいに、イノ達を見つけたことを教えてた」
「声だけで?」
「うん。声だけで」
「どうやって?」
「その兜に仕掛けがあるんでしょ」
ぶすっとした様子で指摘したのはレアだ。
「どうせその兜と同じ物か、似たような道具が彼女の里にもあって、お互いに声を送ることができる仕組みなんじゃないの」
「そうそう。レアの言う通り」
むすっとした口調で説明してくれた相手に対し、ラシェネはニコニコと感謝の笑みを向けて兜をかぶり直すと、腰の後ろに手を伸ばした。そこに備わっている楕
円形をした小さな銀色の箱のような物から、半透明の管をスルスルと引き出して口元に運ぶ。その管を通して、何か飲んでいるのがわかった。
「それは?」興味深げに見つめながら、イノはたずねた。
「水。イノも飲む?」
ラシェネが、口から離した管を朗らかにイノに差し出してくる。これも『楽園』の技術で造られた道具なのだろう。普通の水とはすこしちがった味がするのかも
しれない。
イノは手を伸ばした。
ぬっ、と現れたレアの手が管を取った。
オレが飲もうとしてたのに──と、イノは管を口にくわえているレアに非難の目を向けた。しかし、彼女の横顔は知らんぷりを決めこんでいる。よっぽど喉が渇
いていたのだろうか。いつになく強引だ。
「普通の水と変わらないわね」
飲んだ感想を淡泊に言った後、レアは「はい」とラシェネに管を返してしまった。
気を取り直して、イノは口を開いた。
「変わった水袋だけど、水はどこから中に入れるの?」
「これは、わたしから出た水」
「ラシェネから出た水?」
「うん。汗とか、おしっことか、色々」
『えっ?』
笑顔で告げられた衝撃の事実に、二人は同時に声を上げ顔色を変えた。
「大丈夫。この服の中で、ちゃんときれいな水にしてある」
青い服の表面を走る細い管を指して、ラシェネが説明する。
(そうは言っても……)
イノは『ラシェネの水』を飲んでしまったレアを見た。案の定、彼女はうなだれ、不治の病を宣告されたような暗い表情をしている。しばらくは立ち直れなさそ
うだ。
「そ、その武器も、見せてもらってもいい?」
とりあえず話題を変えようと、イノは慌ててたずねた。
「うん。でも気をつけて」
ラシェネが右手の籠手をなにやらいじくる。すると、低く唸るような奇妙な音がして、前腕を包んでいた白い装甲が複雑な動きを見せ上下に展開した。その表面
にある溝を、「光の矢」と同じ青白い輝きがすっと流れる。
腕から籠手を外すと、ラシェネがこちらへと渡してくれた。やはりというか軽い。白い金属で覆われた外側とはちがい、内面は柔らかい粘土のような素材が敷き
つめられているみたいだった。
「レマ・エレジオ──『放ち震える者』。わたし達そう呼んでる」
「へえ。『放つ』のがあの光の矢だってのはわかるけど、『震える』ってのは?」
「剣のこと」
そう言いつつラシェネは左手にある籠手を真上に向けた。カシャンという音と共に、籠手の両脇にある溝から飛びだしてきた板が前で合わさり、さらには伸び
て、あっという間に一本の刃を形成した。鏡のような刀身が夕焼け空を映して屹立する。
「今は動かしてないけど、この剣は、人にはわからないほど速く速く震えている。その震えがなんでも斬り裂く。ちょっと触っただけでも斬れるから、扱うのは
大変」
説明が終わると、ラシェネは刃を籠手に収めた。もちろんイノには理解こそできなかったが、とにかく、それが『虫』を甲殻ごとぶったぎってしまうほどの斬れ
味を持つ剣の秘密らしい。単純に刃の強度が優れているわけではないのだ。
「ここから『光の矢』が出るのか」
「そうそう」
籠手の丸く膨らんだ先端部分には、閉じた目玉のような物体がある。これが開いて、あの青白い光の弾を発射するのだろう。
「戦ってないとき、レマ・エレジオは力を溜める。その力を『光の矢』や剣に使う。だから、ちゃんと休ませないと動かなくなる」
「へえ。なんだか生き物みたいだな」
「そうそう。生き物と同じ」
まるで血液が流れるように、ときおり表面の溝を走る青い光を見ていると、なおさらそんなふうに思えてくる。
「こんなものが造れるなんて……ラシェネ達はすごいんだな」
自分達の常識をはるかに超える技術で造られた道具。それは、スヴェンの言うとおり、自身が持つ人にはない〈力〉と大差ないもののように、イノには思えた。
「ううん。それを造ったのは先祖様。わたし達は、ただ受け継いで使ってるだけ」
と、イノの賞讃をラシェネは慌てて否定した。
「先祖様は、『楽園』の中から色々な道具を持ってきた。わたしの兜や鎧は、そのままの形で使ってる。先祖様が造ったのはレマ・エレジオだけ。『楽園』の道
具をすごい勉強して、色々試して、完成するまで長い長い時間がかかった」
「え? じゃあ、ラシェネのご先祖様って『楽園』に入ったことがあるの?」
「うん。先祖様の頃は。『シリアの護り』がすごく強かった。だから。『楽園』にも入ることができたし、カビンの村まで楽に行くこともできた。今はできな
い」
『シリアの護り』──それは『楽園』にいるシリアが、自らの〈力〉で『虫』の発生を抑えることを指すだと聞いている。
いまだ謎だらけの少女シリア。
『楽園』に近づき、『樹』の存在を感じている今このときも、肩にある金色の『半身』から彼女の声が聞こえることはない。
もちろん、彼女の正体について、イノはラシェネにたずねていた。しかし、「おじいが話す」と答えてはもらえなかったのだ。
「ご先祖様も『樹の子供』だったんだろ。それならば、どうして『楽園』に入ったときに『樹』に接触しなかったんだ? そうしていれば、わざわざ『終の
者』ってのがやってくるのを待つこともなかったじゃないか」
「ご先祖様には、大いなる者と繋がれる強い〈力〉の人がいなかった」
ラシェネは悲しげな笑みを浮かべた。
「わたし達は、里の中から『終の者』が生まれるのを待ってた。大いなる者と繋がれる強い人を。でも、生まれてくる子供の〈力〉は弱くなるばかり。そのう
ち、〈力〉を持たない者も出てきた。今は、わたしとおじいの二人だけ」
「『樹の子供』から……『樹の子供』は生まれないってこと?」
「うん。〈力〉は血で受け継がれるものとはちがう、っておじいは言ってた。だから、わたしの父も母も普通の人だった。『樹の子供』を生むのは大いなる者。
その意思は誰にもわからない」
ラシェネの両親は、彼女が幼い頃に、『シリアの護り』が弱まり里に侵攻してきた『虫』との戦いで命を落としたのだと聞いていた。残っている肉親は祖父だけ
らしい。
「先祖様はわかってたと思う。『シリアの護り』が弱くなること。自分達の〈力〉が弱くなること。だから、レマ・エレジオや色々な道具を準備した。いつか現
れる『終の者』のために。役に立てるように」
「それでずっと待ってたのか? この『死の領域』の中で」
「うん。みんな『終の者』の訪れを信じてた。そして、イノが来てくれた」
重い表情から、晴れやかな笑みに変わり、ラシェネはイノを見つめた。
「わたしは小さい頃に、『導き手』に選ばれた──」
『導き手』とは、里の中で一番〈力〉の強い者にあたえられる役目なのだという。一人しか選ばれないのは、その主力の武器となるレマ・エレジオが一人分しか
製造できず、他の武具に関しても、数を揃えることができなかったためだ。年月を経るたびに、『虫』達によって行動範囲が狭められていく環境の中では、それ
が限界だったのだという。
『終の者』を導く者として、そして里を守るたった一人の戦士として、『導き手』は幼い頃から武器の扱いと戦い方を教えこまれる。そして、『死の領域』とい
う閉ざされた世界の中で、ずっと『終の者』の訪れを待ち続けてきたのだ。何代にもわたって……。ちなみに、ラシェネは六代目の『導き手』だった。
「わたしは、『終の者』がどんな人かずっと考えてた。わたしが生きてるときに来てくれたらいいなって、ずっと大いなる者にお願いしてた。そうしたら、イノ
が来てくれた。だから、わたしは今すごくうれしい。最後の『導き手』として、ちゃんとイノの役に立ってみせる」
強い決意に満ちたラシェネの言葉は、何代も続いてきた『導き手』達の言葉でもあるのだろう。大きな使命を帯びながらも待ち続け、そして、それを果たせるこ
となく散っていった者達の……。目の前にいる少女は自らの使命だけでなく、そんな彼らの想いをも背負っているのだ。
「ありがとう。オレもラシェネの期待にちゃんと応えてみせるよ」
イノは力強い笑みを浮かべる。互いの決意を、人ならぬ〈繋がり〉が伝えあい、受け止めるのをしっかりと感じた。指先同士が触れあうのに似た感触。シリアと
も、アシェルともちがった温もりと柔らかさ。それでも、相手との結びつきがもたらす心地良さだけは変わらなかった。
そのとき。
すうっ、と白い影が、イノとラシェネとの間に現れた。レアだ。どうやら立ち直ったらしい。
「わたしにも見せて」
と、膝立ちのまま、いきなりイノの手にあるレマ・エレジオをつかんできた。
「もうちょっと待ってよ」
イノは武器を引き寄せながら言った。
「もう十分見たでしょ?」
「まだ全然見てないよ。どうしたのさ? さっきから強引なことばかりして」
「強引って何よ? あなたがグダグダヘラヘラ話なんかしてるのが悪いんでしょ」
「なんだよグダグダヘラヘラって。横取りする方が、よっぽどよくないだろ」
むきになって取り上げようとするレアの手から、決死の思いでレマ・エレジオを守りながら、イノは抗議の声を上げた。ラシェネがぽかんとした顔をしている
のが見えた。
「やめろって! 壊れたらどうするんだよ?」
イノが手元を強く引いた勢いでレアが前のめりになり、二人は草地の上に倒れこんだ。それでも、お互い武器をつかんだままだ。
「だったら手を放しなさいよ!」
「そっちが放すのが先だろ!」
上になったレアの息が顔にかかる。ヤケクソになっててもきれい彼女だ。普段なら心臓が跳ね上がるところだが、今はそれどころじゃない。
ガキ大将みたくなってしまった彼女の手から武器を死守するために、イノはもみ合いながらも無我夢中でその中に腕を通した。唸る動作音がして、白い籠手がイノの右腕にぴたりと装着された。
「あっ!」
瞬間、それまで呆然と見ていたラシェネが血相を変えた。
「さっさと外して!」
レアはまだ食いついてくる。
「外し方なんて知らない! あきらめて順番を待てよ!」
「だめ! 二人! 危ない!」
争いの中にラシェネが加わった。ときに並び、ときに入れ替わり、イノの目の前を入り乱れる二人の少女の顔。青い瞳。金色の髪。鳶色の瞳。明るい栗色の髪
──
「ちょっと! わたしに触ってこないでよ、あんた!」
「辛抱して待てよレア! オレの手がねじれるって!」
「危ない! 危ない!」
地面に一塊になった自分達の叫びが、黄昏の空に響く。イノの視界に現れては消え、消えては現れる二人の少女の顔。交互に、または同時にのしかかってくる柔
らかい重み。白い服。青い服。鳶色の瞳。明るい栗色の髪。青い瞳。金色の髪。白──もうわけがわからない。ふと気づけば、肩にいたはずの小さなシリアが、
逃げるようにして地面の上にいるのが目に映った。
「黙って聞いてれば〈力〉、〈力〉って、いい加減にしなさいよね、あんた!」
「順番は守れよレア! オレの、手が、ねじれ、てる!」
「危ない! 危な──」
そのとき、突如として生まれた青白い輝きが、互いの顔を照らしだした。それぞれの声を打ち消すかのように、キィンという甲高い音が奏でられる。
遠くの方で、何かが盛大に破裂する音がした。
もつれあったまま硬直した三人は顔を見合わせた。それぞれの必死の形相は嘘のように消え去り、唖然とした目と口とが限界まで開いていた。
合図したわけでもないのに、三人は同時に首をめぐらした。
荷物を点検していたはずのスヴェンが、瞑想に集中していたはずのカレノアが、自分達とたいして変わらない表情をして、一つの方向を注視しているのがわかった。
相談したわけでもないのに、再び三人は同時に首をめぐらした。
ドレクと目があった。全身びしょ濡れになった彼の手には、吸い口を残して「光の矢」に粉々に吹っとばされた水袋が握られていた。
そして、まったく無意味に放たれた光の一撃は、中年の男が飲んでいた水袋を木っ端微塵にしただけではなく、彼の後ろにあった木にもその威力をいかんなく発揮していた。
幹のど真ん中にきれいな穴を穿たれた細い木が、ゆっくりと森の奥へと倒れていく。メリメリというその静かな音に、無駄に命を絶たれてしまった無念の訴えが込められている気がした。倒れた衝撃と共に周辺の木々から落ちた雪は、まるで同胞を哀れむ手向けの花束のようだった。
一人疲れを癒していたはずのドレクの顔は、紙のように白かった。そして、吸い口だけの水袋を持つ彼の手は、二重写しに見えるほど激しく震えている。おそらくそれは、ずぶ濡れになった寒さが原因ではないはずだ。
黄昏時の『死の領域』。茜色の空の下、言葉もなく見つめ合う一人の男と三人の少年少女の間に、時間は存在しないかのようだった。