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─二十四章  決戦 ・ 上(2)─



『楽園』に侵入するための通路があるという場所は、ラシェネの里を出発してから一時間ばかりすすんだところにあった。

たどり着いたイノ達の目に映ったのは、アラケル山脈のふもとにある森林の一角を切り開いて造られた広大な敷地だった。いくつか立てられている建物には損壊 している様子はなさげだったが、長いあいだ誰も整備する者がいなかったため、敷地の大半は今では周囲の木々や草に思う存分荒らされている。

「てっきり、ネフィアの本拠地にあった洞窟みたいなものを想像してたけれど……なんだかちがうみたいね」

敷地の奥に口を開けている、あきらかに人の手になるきれいな円形の穴を見て、レアが言った。あの中を進んで『楽園』へと行くのだろう。

「この通路は、乗り物のための通路」

穴の床面には一本の溝が走り、敷地の中央まで伸びていた。そして、その先端には巨大なイモ虫≠フような物体がでん、と横たわっている。ラシェネが指をさ しているところから見て、あれがその乗り物なのだろう。

「じゃあ、これに乗っていくのか?」

人間を二十人ばかり丸飲みできそうなイモ虫≠眺めながら、イノはたずねた。

「先祖様は、『楽園』に行くときこれ使ってた。今も生きてるなら使う。歩くよりずっと速いし安全。ちょっと待ってて」

そう言い残し、ラシェネは敷地の中にある建物の一つに入っていった。

「乗り物にしては変な形ね。引っぱる動物も、車輪もないのに、どうやって動くのかしら」

かろうじて草木の侵食をまぬがれているらしきイモ虫≠ぐるりと観察しながら、レアが不思議そうに言った。

ラシェネが「乗り物」と呼んだこの幼虫じみた物体の全身は、ツルツルとした淡い緑色の金属でできていた。外見から判断するだけでも、あきらかにイノ達の知 る「乗り物」の概念を超えたものであるため、その仕組みはおろか、動いている様ですら想像ができない。

「もう、こういうのは勘弁してもらいたいんだがな……」

あいかわらず『楽園』の道具が嫌いなドレクが、そうぼやくのが聞こえた。

「それにしても、今だに『虫』が一匹も現れないのは妙だな」

スヴェンが辺りを見渡して口にした。彼の言うとおりだ。自分達はラシェネの里を離れたことで、『シリアの護り』からはとうにぬけ出ている。しかし、この場 所まで移動してくるあいだ、当然のごとく予想されていた怪物達の襲撃は一度もなかった。

「イノは何か感じないの?」

レアがたずねてきた。

「この場には何もなさそうだけど……ただ嫌な感じだけはしているんだ。この通路のずっと先に」

暗闇に包まれた円形の穴を見据えながら、イノは言った。まるで発射寸前の大砲の筒をのぞきこんでいるような気分。今の静寂は、その爆破のための一瞬の間の ようにさえ思える。

「ま、どのみち『楽園』で連中とやり合うのはわかりきってるがな」

ドレクがそう肩をすくめたとき、だしぬけに横たわるイモ虫≠ェガクンと揺れ、静かな唸りをあげて振動しはじめた。びっくりしているイノ達の目の前で、そ の滑らかな表面に入り口らしきものがぽっかりと開く。内部からは呼吸するような音も聞こえてきた。

さらに、動きはじめたイモ虫≠ノ合わせるかのように、今まで闇に閉ざされていた穴の手前から奥に向かって、次々と青白い照明が灯っていった。その明かり のおかげで、はるか先にまで一直線に続いている通路と、その下を走っている溝とがはっきりと見えるようになった。

「よかった。乗り物はまだ生きてた」

建物から出てきたラシェネが報告した。

「この乗り物の走る道は、『楽園』の中まで通ってる。それは今も壊れずにある。だから、『樹』の近くまで連れて行ってくれると思う」

そう言って、ラシェネは開いた入り口からさっさとイモ虫≠フ中に入っていった。イノ達が彼女の後に続く。

赤い絨毯の敷かれた縦長の内部の左右には、二人ずつ腰をかけることのできるやわらかい椅子が、壁にそってずらりと並んでいた。外側からは金属にしかみえな かったイモ虫≠フ表面は、内側からだと一面が窓のように周囲の光景が見えるようになっている。これは、ラシェネ達の兜や里の白い家で見た技術と同じもの だ。

床の中央には腰よりすこし高ぐらいの銀色の円柱があり、その上面にはイノ達にもすっかり見慣れた文字盤や小さな窓が並んでいた。おそらく、これを使って乗 り物を操作するのだろう。

イノ達に椅子に座るように指示した後、ラシェネの指先が軽快に文字盤をたたきだした。

やがて、周りの景色が少しずつ後ろに流れはじめていった。そして、薄緑色をした巨大なイモ虫≠ヘ通路に突入すると、イノが知る最速の移動手段であるグ リー・グルなど足下にも及ばない速度で、溝の上をぐんぐん滑走しだす。内部が密閉されているからか、もともとそういう仕組みが備わっているのかどうかはわ からないが、外からの音はまったく聞こえてこなかった。

「こんな形で、『楽園」に入ることになるなんてね」 

この先に待ち受ける戦いと、未知の乗り物への両方に対する緊張だろう。すさまじい勢いで窓の外を過ぎ去っていく通路の壁を見ながら、レアが緊張ぎみに言っ た。

イノは彼女にうなずくと、進行方向にある窓に目をやった。青白い光がぽつぽつと続いている通路のはるか彼方に、陽光らしき輝きが一点だけあるのがわかる。 出口と思われるそれは、みるみるうちに大きくなっていく。

あの光の先が『楽園』なのだ。ついにここまで来た──ついに。

もう引き返すことはできない。

しだいに緊張が高まる一行を乗せたまま、古の乗り物は、まばゆい光めがけて突き進んでいった。


*  *  *


『ギ・ガノア』が放った幾条もの『壱の光』が、斜面を下ってくる『虫』達を薙ぎ払う。青白い光の槍は容赦なく相手を消滅させ、『楽園』の正門へ通ずる道に すらその傷跡を残した。形を歪めた白い路面にまき散らされた仲間の断片を乗り越えて迫る新手に、鎧兜姿の兵達が声を上げて突撃していく。

「将軍。ここは危険です。中へとお入りください」

『ギ・ガノア』の背にある展望台から、いつものように戦場を眺めていたガルナークは、自分を呼びにきた技術士官の声に振り返った。

「かまわん。今に至るまで、ずっとここで指揮してきたのだ。ましてや、今は『聖戦』の大詰めだぞ。獣の中でぬくぬくとしていられるものか」

それよりも──と、こちらの視線にたじろいだ士官にたずねる。

「獣の調子はどうだ。これまで通り、ちゃんとこちらの指示通りに働いてくれているのか?」

「ええ。今のところ問題はありません」

偉大なる祖先によって造られた人工の頭脳を持つ『ギ・ガノア』は、自身で状況を判断して行動することができる。だが、それはあくまでも移動や戦闘に関する ものだけに限られおり、細かな判断を必要とするさいは、こちらで指示してやらねばならない。獣はあくまでも獣でしかなく、ときには首輪をはめる必要がある ということだ。

これから『楽園』へと踏みこめば、そこには祖先達が放棄した大量の遺産が眠っている可能性がある。二百年のうちに『虫』達によって荒らされ、どれほど残さ れているかはわからないが、もし『ギ・ガノア』を思うがままに戦わせてしまえば、それら貴重な遺産をも破壊の渦に巻きこんでしまうだろう。『継承者』の議 会の方針もあり、ガルナークは都市の状況を把握するまで獣は鎖につないでおくつもりだった。

しかし。

ガルナーク個人は、いざとなれば都市など犠牲にしてしまってもいいと考えていた。そのことで、後に議会でつるし上げを喰らおうがかまわない。

優先すべきは『虫』の殲滅──忌々しいバケモノ共を一匹残らずこの世界から消し去ることなのだ。それが『聖戦』の……そして、何もかもを犠牲にしてきた自 分の真の目的なのだから。

息子アナセスの死。兄一家の死。すべては、この時のためにあったのだから。

わっ、と兵士達が歓声を上げるのが眼下に聞こえた。鋼色の鎧姿が大勢展開している中を、漆黒の一団が墨を流したように前線へと駆けぬけていく。その中央で グリー・グルにまたがり指揮を執っている『セラーダの英雄』の姿に、兵士達だけでなく、部隊を率いる『継承者』の将官でさえも、いやおうに士気が高まって いるようだ。

シリオス──「英雄としての務めは果たす」というあの男の言葉に、どうやら二言はないようだ。

ガルナークは視線を『楽園』の正門へと向けた。そこには、現在も着実に歩みを進めている『ギ・ガノア』が悠々と通りぬけできるほどに巨大な扉が口を開けて いる。その両脇には監視塔が堂々とそびえ立ち、頂部には獣の備えているものとよく似た形の砲塔が設置されていた。

獣の闊歩が起こす振動。開け放たれている『楽園』への扉が、少しずつガルナークに近づいてくる。その先にある真の故郷が。そして、憎むべき怪物達の中枢 が。

その間にも、扉の向こうから、両脇を囲む岩壁から、『虫』は次々と姿を現しセラーダ軍へと迫ってくる。しかし、それは『死の領域』で蹴散らしてきた群れに 比べれば物の数ではない。最後の決戦はまだまだ序幕なのだ。

ときの声を上げ、先陣を切って突入していく兵士達に続き、ついに『ギ・ガノア』は門へと到達した。その背にいるガルナークの眼下に、二百年間誰も目にする ことのなかった『楽園』の姿が飛びこんでくる。

すり鉢状に広がった白く輝く雄大な都市。そして──

(なんだあれ≠ヘ?)

しかし、感動よりも先にガルナークの思考に生まれたのは、そんな疑問だった。

彼が眉をひそめた瞬間、その異変は起こった。 



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