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─二十五章  決戦 ・ 下(3)─



あせる心を煽りたてる警告音と、小さな照明の薄明かりの中に、『ギ・ガノア』の心臓部への扉が姿を見せる。レアの先を走っていた士官が、扉の脇にある文字 盤へと向かう。

「だめだ!」士官が歯がみした。「やはり操作を受けつけない!」

「下がって!」

レアはそう叫ぶなり、レマ・エレジオの引き金をひいた。白い手甲から鏡のごとき刀身が飛びだす。そのまま扉の前まで駆けると、立ちはだかる分厚い鋼鉄めが けて刃を突き刺した。飛び散る火花。腕に伝わってくるかすかな手応え──やがてレアが腕を引き、足の裏で思いきり蹴りつけると、重々しい金属音ともに、扉 に人一人しゃがんで通れる穴がぽっかりと口を開けた。内部の照明がその奥からあふれだし、暗い通路を青白く照らしだしていく。

レアはためらうことなく、身をかがめて入口をくぐった。後ろを向き、「ぼさっとしてないで、あんたも来なさいよ!」と目を見開いて突っ立ったままの士官に 怒鳴りつける。

そこは円形に造られた広間だった。床、壁、天井──そのすべてに大小様々な太さをした管が隙間なく張りめぐらされた光景は、まるで巨大なヘビだかミミズだ かに占領されてしまっているかのような印象だ。

レアの目は広間の中央に釘づけになった。そこには床と天井から伸びた管の群れに支えられるようにして、いびつな形をした塊が宙に浮くかのごとく存在してい た。大きさは自分の倍以上はある。

「あれが『生命の灯』──獣の心臓だ」

扉をくぐってきた士官がレアのとなりに立ち、巨大な塊を指して説明した。ところどころが丸く盛り上がった肉腫のような形。その表面はぬめった光沢を放ち、 あばたを思わせる無数の小さな穴が開いている。穴の奥からは寒々とした青白い光が漏れて、ゆっくりと明滅しているのが見える。いまだ鳴りひびいている警告 音に加わって、シュウシュウと呼吸に似た音があちこちから聞こえてくる。

心臓が放っている強弱の光のおかげで、この部屋にあるすべて──もつれあっている管と、中央にある塊──が、実際に脈打ちながら蠢いているように錯覚させ られてくる。思わずレアの全身に鳥肌が立った。

これは祖先の怨念そのものだ──レアはそう思った。この醜くおぞましい『ギ・ガノア』の心臓は、愚かさのあまり、後世に大きな災厄をもたらした彼らの抱い てきた憎しみそのものの形なのだと。

「で、どこを壊せばいいの?」

宙にある『生命の灯』をにらみつけたまま、レアはたずねた。できることなら、今すぐにでもこの禍々しい塊に『光の矢』か震動する刃をぶちかましてやりた い。だ がそれをやると、中に蓄えられた膨大な力が爆発し、こちらまで吹っ飛んでしまう危険がある。慎重に破壊しなければならない。

「あれだ」

士官の指さしたのは、心臓から生えて天井まで伸びている管の群れだった。一本一本が人の胴ぐらいの太さを持ち、金属とはちがうのっぺりとした材質で出来て いるらしいそれらは、照明と警告音にあわせるかようにブルブルとふるえている。

「『生命の灯』が生み出した動力は、あの管によって『ギ・ガノア』の各所に送られている。それらを断てばすべてが上手くいくはずだ。突如、動力の行き場が 失われた場合、獣は兵装をふくむすべての活動を自動で停止させる。そういう仕組みになっているんだ」

「それをも無視して、勝手に動きだす可能性はないの?」

「いや。こればかりは『ギ・ガノア』自身の意志でもどうにもできない。動力供給の不可による停止措置は、我々の身体でいうところの自律神経のように独立し た仕組みになっているからな」

「つまり……まちがいなく殺せるってことね」

レアはうなずいた。『生命の灯』が心臓ならば、あの管は血管だ。そしてそこに流れる動力は、祖先の憎悪という血液なのだ。

そのまま前へと進みでる。そして、いまだレマ・エレジオの先にあった刃を内に収めた。狙うべき管は剣で斬りかかることのできない高さにある。破壊するには 『光の矢』しかない。

レアは白い籠手の先端を、絡みあう管の上部目がけて突きだすように構えた。左手でそれをしっかりと支える。

引き金にかけた指に力をこめた。部屋を満たす光よりもなお強い小さな輝きが、レアの目の前に生まれる。

勢いよく放たれた『光の矢』が、管の幾本かをぶち抜いて天井を穿つ。のっぺりとした管の裂け目から一気に光があふれ、まるで空気を入れた袋のように膨れて 弾けた。悲鳴のような甲高い音が聞こえ、破損口から火花にも似た輝きが盛大にほとばしる。同時に突風じみた衝撃が押しよせ、レアは突きとばされた形で床に 尻もちをついた。

顔をしかめて起き上がる。耳にとびこんでくる、ガン、ガンというけたたましい騒音。ちぎれた管の群れが動力をもてあまし、暴れ狂っている触手のごとく『生 命の灯』やら天井やらを殴りまくっているのだ。生き物じみたその様子に、気のせいだとわかっていながらも、祖先が自分に対し呪詛をわめきたてているように 感じてしまった。

ぞっとした気分を抑え、レアが再び腕を構えて、まだ残っている管を狙おうとしたとき──

ガクン、と足下が大きく揺れた。

「なにが起こったの?」

危うくまた倒れそうになるところだったのを、なんとか踏みとどまって叫んだ。

「い、今ので『ギ・ガノア』が変調をきたしたんだ!」

床に倒れ上半身を起こしていた士官が叫び返す。

「急いだ方がいい。まだ動力は生きてる。完全に停止させないと、もう何をしでかすかわからない!」

「そんなことわかってるわ!」

おそらく外にいるスヴェン達の目には、『ギ・ガノア』が突如よろけだしたように見えていることだろう。巨大な鋼鉄の塊は、動くだけでも彼らに大きな被害を だしかねないのだ。さっさと決着をつけなければならない。

しかし、狙いをつけようと奮闘するレアだったが、不安定な床のおかけでなかなか足場が定まらない。それは、まるで苦痛に暴れる獣が……いや、祖先の怨念達 が抵抗しているかのように思える。

警告音はまだ鳴っている。『終の光』発射のための準備は続いている。

右に左にかしぐ部屋。『生命の灯』の上でのたうつ管の切り口が、あふれ出る強烈な光をデタラメに周囲に投げかけている。視界の中でめまぐるしく踊る光と 影。このままでは目がおかしくなってしまいそうだ。

身体が大きく前によろけ、レアはたまらず床に両手足をついた。全身をじっとりと濡らす汗。焦りともどかしさに唇が引き結ばれる。だが、このままやみくもに 『光の矢』を撃っても、万が一心臓自体に当ててしまえば元も子もない。

「あんた!」まだ腰をついたままの士官を振り返った。

「わたしを後ろから支えて。このままじゃ撃てない!」

「わ、わかった」相手がよろけながら立ち上がる。

「しっかりしてよ、男のくせに! あんたから先にぶち抜かれたいの?」

士官があたふたとレアの背後までやってくる。暴れ狂う獣の心臓よりも、ものすごい剣幕で怒鳴る娘の方に、すっかり肝をぬかれた様子だ。

「これでいいのか?」

彼の両手がおずおずとレアの肩にかかる。

「ええ。そのままちゃんと支えてなさいよ」

今だ揺れる床に片膝をついて、レアは構えの体勢をとる。その上から士官が抑えつけるように力を入れた。いささか頼りない支えだが、それでもいくらかはマシ になった。

狙いをつける。祖先達の犯した罪へ。犯そうとしてる罪へ。

その血を継ぐ者として。

撃った。光と影を裂いて立て続けに放たれた『光の矢』が、まだ心臓と繋がっている血管を次々と貫いていく。ほとばしる悲鳴に似た破壊音。まき散らされる血 潮に似た火花と輝き。それらが起こり消えていくたびに、広間はさらに激しく揺れ動く。破裂した管の群れがガン、ガン、と周囲に叩きつけられている音が、ど んどん耳やかましくなってくる。

後ろの士官に必死で支えられながら、レアは細めた目を標的に据えたまま、歯を食いしばり『光の矢』を撃ち続ける。

最後に残った管がついにはじけとんだ。やがて、これまでにないほどの衝撃が部屋を揺るがし、レアは自分の身体が宙に浮くのを感じた。狂ったように入り乱れ る 光と影に埋めつくされた視界。そして、鼓膜をなぐりつけてくる騒音の中に、獣の断末魔の咆哮と、祖先達の怨念が上げた絶叫が聞こえた気がした。そのまま受 身を取る間もなく、腹から床に思いきりぶつかる。肺から一気に空気が押しだされて、わずかに気が遠くなった。

自分自身の咳きこむ音と、同じく宙にふっとばされ床にたたきつけられた士官のあえぎ声を耳にしながら、レアは顔を上げた。

『生命の灯』の上で暴れていた管達の動きがしだいに鈍くなっていく。心臓の内部で脈打つ光が弱々しいものへと変化していく。広間に満ちていた禍々しさが少 しずつ力を失っていく。

気づけば床の揺れも収まっていた。そして、心臓の最後の鼓動が終わった。

部屋が暗闇につつまれる。レマ・エレジオの表面を流れるほのかな光だけが、唯一の明かりだ。

静かだった。あれほどやかましかった警告音も、今は止んでいる。

獣は死んだのだ。

打ちつけた腹を片手で押さえ、レアは汗まみれの顔をぬぐった。


*  *  *


迫る『虫』と『ギ・ガノア』の動きとに、忙しなく目をやっていたスヴェンは、獣の様子がおかしくなったのに気づいた。

四肢を突っぱっていた姿勢がぐらりと傾く。倒れまいと踏みだした巨大な脚が瓦礫を蹴ちらす。全身に備えつけられた砲塔から雨のように撃ちだされていた破壊 の光が、しだいに散発的なものへと変わっていく。

ひたすらよろけながら、堂々とした佇まいを維持できなさそうな獣。新たな攻撃を仕掛けようとしている様子には見えない。まるで苦痛にもだえているみたい だ。

「離れろ! 踏みつぶされるぞ!」

『ギ・ガノア』の間近にいる兵士達に向かって叫ぶと、他の者も獣の変化に気づき、口々に声を上げはじめた。

やがて獣が身をよじらせはじめた。鋼鉄で出来ているとは思えないほど滑らかな動きのせいで、本当に痛みによって苦しんでいるように見える。やがて、蓄えた 光を失いつつある砲塔が突きでた口から、これまでにない大量の蒸気が噴きだした。

「見ろよ。あのバカ犬、ついに食あたりを起こしやがった」

ドレクが、したり顔で歯をむきだしにした。

「ああ。腹に入ったのが彼女≠セからな。無理もないさ」

スヴェンは汗とホコリだらけの顔で笑った。カレノアも同じ表情を浮かべている。

レアだ。ついにやったのだ。今の『ギ・ガノア』の苦しげな様子は、彼女がその体内で暴れているからにちがいない。

胸が熱くなった。彼女が無事であったことと、この巨大なバケモノを止めるという自分達の無茶な目的が、ついに果たされようとしていることに。

「ざまあみやがれ!」

ドレクの叫ぶのと同時に、苦痛の絶頂に達した『ギ・ガノア』が天を仰ぐように頭をもたげた。断末魔の咆哮とでもいうように、大きく開いた口から放たれた一 条のか細い光が、何もない蒼穹に飲みこまれ消えていく。そして、力のなくなった脚がついに身体を支えきれなくなり、大きな地響きと煙を巻きあげ、前のめり の形で瓦礫の中に倒れこんだ。

唖然と見守る大勢の兵士達の前で、らんらんと瞬いていた八つの瞳がしだいに光を失い──消えた。

獣は死んだのだ。

「よし。レアを迎えに行くぞ」

喜びの興奮から気を引きしめなおし、もはや動かない鋼鉄の山となった『ギ・ガノア』を見てスヴェンは言った。前にのめりこむように倒れてくれたおかげで、 獣の腹に開いた入り口は、地面から直接乗りこむことのできる高さにある。

ひとまず獣を止めるという目的は達した。しかし、攻めてくる『虫』はそのままだ。獣の砲撃がなくなった今、怪物達の猛攻はさらに熾烈なものになるだろう。 はたしてどこまで持ちこたえられるのか。

スヴェンは彼方にそびえる『樹』を見た。

後は、アイツだけが頼みだ。



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