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─二十五章  決戦 ・ 下(5)─



レマ・エレジオに流れる光を照明にして、レアは停止した『ギ・ガノア』の通路を入り口へと向かっていた。その後には、ガルナークと技術士官らが続いてい る。暴れる獣の内部にいたため、それぞれが打ち身等を負っていたものの、大きな怪我人はいない。目的を達したレアも、そしてガルナーク達も、もはや鋼鉄の 塊と化した兵器の中に留まる意味はなかった。

やがて入り口の光が見えた。レアは気を引き締める。『ギ・ガノア』を首尾よく止めたときに感じた安堵はとうに消えている。

外から響いてくる喧噪。流れてくる風と血の臭い。獣との戦いは終わっても、『虫』との戦いは終わっていない。それはまだイノ達が目的を果たしていないこ とを意味する。彼がすべてを終わらせるまで、なんとしても生き延びなければならない。なんとしても。そして再び──

「レア!」

外へと出たとたんに、声がかけられた。スヴェン達がこちらへ向かって駆け寄ってくる。

「やったじゃねえか。たいした嬢ちゃんだ!」

「大げさね。べつに、わたし一人でやったわけじゃないのに」

肩をたたいてくるドレクと、笑顔を浮かべているスヴェンとカレノアに目をやりながら、レアは肩をすくめた。三人の無事な姿に、思わず笑みがこぼれる。

「後はこの状況を切りぬけるだけだな」

スヴェンの言葉に大きくうなずくと、レアは周囲に視線を走らせた。『ギ・ガノア』が倒れたことで無差別な砲撃は止んでいる。少なくとも、これで眼前から攻 めてくる『虫』のみに集中できるはずだ。

いたるところで必死に張り上げられている将官らの声で、兵士達はようやく本来の体勢を取りもどしつつあった。だが、ここまでに受けた被害の甚大さは傍目 にもあきらかだ。今もなお攻め続けてくる怪物達相手に、いつまで持ちこたえられるかわからない。

「将軍。ご無事でしたか!」

入り口から現れたガルナークの姿を見て、一人の将官が走り寄ってきた。

「アテレスか」

「いったい『ギ・ガノア』に何が──」

「今は……それを話している場合ではない」

ガルナークが手を上げて制する。

「この場所から正門まで後退するよう今すぐ通達を送れ。正門に残された部隊と合流し……我が軍はこれよりこの地を退く」

相手が驚愕の目を向けた。

「撤退するのですか。この『楽園』から?」

「そんな地など最初からなかったのだ。説明は後でする。急げ。このままでは全員が朽ち果てることになるぞ」

「り、了解しました」

苦渋に満ちた将軍の言葉に事態を察し、相手はすぐさまその場を離れた。

ガルナークがこちらを見た。

「レアリエル。お前達は……」

レアはスヴェン達に視線をやった。そして彼らがうなずくのを見て言った。

「いいわ。しばらくは、あんた達と一緒に戦う」

溢れかえっている『虫』の群れに対し、もはや自分達だけで戦うのには無理がありすぎる。セラーダ軍と行動を共にした方が、生き延びる可能性が高まるだろ う。

「だからって、このどさくさに紛れて、わたし達に何かしようと考えてるなら話は別よ。そのときは、『虫』だろうがあんた達だろうが、容赦なく相手にしてや るから」

「ああ……わかっている」

レアの強い警告を受け、ガルナークの顔に憔悴した笑みが浮かぶ。それは、氷解することのないわだかまりを、姪との間に造りだした自分に向けての自虐的なも のだとわかった。

そんな叔父から視線を外し、胸の内のもやもやしたものを無視して、レアは遠くそびえる『樹』を見つめた。今あの下では、『樹の子供』達による最後の 戦いが繰りひろげられているのだろう。自分達以外の誰にも知られることのない、世界の命運をかけた戦いが。

ラシェネは……イノは大丈夫だろうか?

「心配するな」

ぽん、と頭に手を置かれた。スヴェンだった。

「あいつはちゃんとやってくれるさ。本人のデキの善し悪しはともかく、やることはやる奴だからな。それに、ラシェネだってついてる」

こちらの不安を見透かした優しい言葉。同じく『樹』を見つめる瞳に浮かぶ、彼≠ヨの信頼の色。

なんだか、少しだけ悔しくなってしまったレアだ。

「それぐらいちゃんと知ってるわ。あなたよりも──わたしの方が」

「おっと。そりゃ失礼したな」

大人げないと思いつつ言い返すと、相手は肩をすくめて笑った。

「さあて。俺達はもうひと踏んばりといこうぜ」

ドレクの言葉に、全員が顔をあわせてうなずいた。

気持ちを切りかえ、呼吸を整え、戦場に目を据え、レマ・エレジオの引き金に指をかけて、レアがスヴェン達と共に駆けだしたとき。

どくん──

その場にいるすべての者の耳に鼓動が聞こえた。

まるで世界そのものが震えたかのような大きさで。

「何だ。今のは?」スヴェンが思わず足を止めた。

そして訪れた静寂。続々と現れていた『虫』達の動きが、いっせいにぴたりと止まったのだ。その様子は、まるで今さっきの音の残滓に聞き入っているかのよう に見える。そのまま兵士達に斬りつけられても、まったくの無反応だった。

瓦礫の中、すべての怪物達が制止している異様な光景。その雰囲気に飲まれるかのように、やがて兵士達も次々と剣を振るう手を止めていく。そして、つい先ほ どまでの喧噪が嘘のように、戦場は静まり返ってしまった。

口を開こうとする者はいない。それは声を出してしまうことがきっかけとなって、再び相手が動きだすことを怖れているかのようだった。誰も彼もがかたずをの んで、動かなくなった灰色の群れに目を注いでいる。

「おい。見ろ!」ようやく誰かが声をあげた。

『虫』達が消えていく。文字通り、瓦礫に溶けこむように形が崩れていく。

一匹……また一匹と。

「こりゃあ、イノの奴がついにやり遂げたんじゃないのか?」

またたく間にすべての怪物達が消え去ってしまったあと、我に返ったようにドレクが口を開いた。 

「……ちがう」

レアはつぶやいた。『虫』達は消え去ったというのに、辺りにはまだ不穏な空気が立ちこめていた。いや、さっきの殺伐とした戦場よりもずっと背筋を凍りつか せる気配を肌に感じる。

そう思っているのは自分だけではなさそうだった。スヴェン達も、ガルナークも、この場にいるすべての人間が青ざめた顔で立ちつくし、視線を辺りにさまよわ せている。

どくん──

二度目の鼓動。心の底まで揺さぶるような威圧的な響き。

レアは再び彼方にある『樹』を見た。そして、あれこそがこの巨大な音の主なのだと直感した。

何かが起ころうとしている。この場だけではない。もっと大きく。もっと広く。

外へ。世界へ。

最悪の何か≠ェ。



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