─二十章 破壊の光と救いの光(1)─
大気を焦がし貫きながら次々と放たれる『壱の光』。陽光よりさらに強く輝く光の群れが地を舐めるように動くたび、現れる灰色の怪物
達のことごとくが跡形もなく蒸発させられるか、大きく身体を失い肉片へと変わっていく。蒼穹の下にまき散らされる血煙が、砂色に乾いた大地を赤黒く潤して
いった。砲火が収まった後もまだ息のある怪物は、将のかけ声とともに突撃していく兵士達の手によって容赦なく殲滅されていく。
『ギ・ガノア』の展望台で、ガルナークはそれらを満足して見下ろしていた。初戦以降、頻繁に繰り返されるようになった戦闘。まるでこちらに目をつけたかの
ように日に日に数を増やして襲撃してくる『虫』達。そのことごとくを完膚無きまでに殲滅して、『聖戦』の大隊は何の支障もなくここまで進軍してきている。
もう『死の領域』は間近だった。
ぐるり、と獣が頭をめぐらす。どうやら新たに現れた『虫』の群れを捉えたらしい。
大地の東に走っている天然の溝から、灰色の塊がウジャウジャとわき出てくるのが遠目に見えた。数百単位の大群だ。昼間の光の中にあっても、彼らの瞳が憎し
みの色にらんらんと輝いているのがよくわかる。
燃えるようなオレンジ色の光を放つ瞳で、『ギ・ガノア』がバケモノ達をにらみ返す。その八つの瞬きはニタニタと笑っているようにも見えた。
次の瞬間、獣の胴体両脇に設置されている巨大な盾の片方が、掛け金を外すようなガチャンという音を立てて胴体から離れた。その中で折りたたまれていた複数
の関節をもつ腕がさっと展開し、ヘビのごとくしなやかな動きを見せて、盾の先端を『虫』の群れに向ける。なめらかな装甲の裏には、三角状に連なった長い砲
塔と、その両隣でハサミのように控えている二本の鋭い爪とがのぞいていた。
やがて盾の先端から撃ち出された輝き──それは『壱の光』のような槍を思わせる細長い形ではなく、人間二、三人分はあろうかという大きな球状をしていた。
発射された光弾がすさまじい勢いで、土煙を上げ迫る『虫』の大群の真ん中辺りに消えた瞬間、頭上にある太陽をかすませてしまうほどの目のくらむような膨大
な輝きが起った。轟音が周囲一帯の空気を震わせ、振動が荒れた大地を揺るがす。
光の収まった刹那、天高く巻き上げられた膨大な土砂の中を駆けぬける無数の稲妻。ガルナークの細めた瞳には、消滅をまぬがれた怪物達の断片が舞い散るホコリのように見えた。
一撃で群れの大多数を失い、今だ甚大な土煙の中にいる怪物達めがけて、『ギ・ガノア』は三連の砲塔から容赦なく二射目、三射目の光弾を撃ちこんだ。展望台
の手すりを握りしめるガルナークに襲いかかる熱波と、大音響と、振動と。
そして、眺めているこちらの感覚までおかしくなってしまいそうな光と音と振動がようやく静まった後、すり鉢状に穿たれ大きく形を変えた大地に、生きている
『虫』の姿は一匹も残ってはいなかった。
いまだ手すりを握りしめたまま、ガルナークは驚嘆に打ち震えた。『参の光』──獣が備えるこの兵装を見たのは、これが初めてではない。だが何度見ても飽き
ることはなかった。なんという威力……。数百という『虫』でさえ、あっけなく消滅させてしまった。しかし、これでさえもまだ獣の最強の武器ではないのだ。
遠距離掃射用の『壱の光』。近距離掃討用の『弐の光』。広範囲殲滅用の『参の光』。そして、あらゆるものを灰燼に化すという最終決戦用の『終(つい)の
光』──祖先が獣にあたえた絶大なる「光」達。
(裁きの獣≠ェここまでの力を持つものだと知っていたならば……)
歓喜するガルナークの胸の内に、苦々しいものがわき出す。『ギ・ガノア』の完成をもっと急がせるべきだったのだ。そうしていれば、一人息子が戦死する前に
この戦争を終わらせることができた。兄夫婦や、かわいい姪を手にかけずにもすんだ。なんと自分は愚かだったのだろう。
「しかし──」
そのとき離れた位置で声がした。胸の苦さを消し、ガルナークはそちらを見た。
「この獣の力は素晴らしい。これでは我々兵士は失業しますよ」
黒衣の男の賛辞に、ガルナークは不愉快そうに鼻を鳴らす。
「そんなくだらん懸念をするぐらいなら、貴様が出陣して、そうではないことを証明すればいいだろう」
おっしゃる通りなんですが──と、シリオスは眼下で雲霞のごとく展開し、戦っている兵士達の姿に目をやった。
「獣の食べ残し≠フ始末に、わざわざ出張るというのはどうも……」
「ずいぶんと怠慢なことだな。英雄ともあろう者が」
「ええ。怠け者な上に臆病者であるのは、昔から自覚してますよ」
まるで演劇でも観賞しているかのように戦場を眺めたまま、さも楽しそうに黒衣の男は笑う。その様子は、目に映る光景以上の『何か』を見出しているようにも
見える。戦場に何を思っているのかは知らないが、この男のこういった態度も、ガルナークは昔から好きではなかった。
「まさか、『聖戦』の間ずっとここで見物しているつもりではないだろうな?」
「とんでもない。然るべき時には、ちゃんと出ますとも」
「せいぜい期待するとしよう。とはいえ、獣ほどの働きは期待していないがな」
シリオスは一礼してそれに応えた。ガルナークは機嫌悪くその姿を視界から締め出した。
そして、二人を乗せた『ギ・ガノア』はゆっくりと前進し始めた。その鋼鉄の身体に戦乱という毛皮をまとい、破壊の光という咆哮を放ちながら。
行く手に見える『死の領域』を目指して。
* * *
ぎい、と部屋の扉を開ける音がした。
老人は顔を上げた。視力を失った瞳は闇しか映さない。だが部屋に入ってきた者が誰かはすぐわかる。鋭くなった聴覚が捉える様々な音。そして、互いが持つ肉
体を越えた感覚の〈繋がり〉によって。
「お前にも、わかったのだな?」
うん、と若い娘の声が返ってきた。
「そうか。ならば間違いではないな。我らの待ち人が、ついにこの地に現れたのだ」
先刻から感じている感覚。それは、大いなる者≠ニ、その力を使役する者との〈繋がり〉だった。自分達以外の〈力〉を感じ取るのは、何年ぶりのことだろ
う。
しかもそれは強大だった。今、自分と目の前にいる娘を結んでいるものを『細い糸』とするなら、彼らの間に横たわっているのは幾重にも編まれた『太い綱』である。これほ
どの強い〈繋がり〉を感じるのは、生まれて初めてだった。
「だが、向こうはわしらに気づいてくれなんだようだ。また、わしらの方から向こうにそれを気づかせる術もない。おそらく……シリアも手を貸してやることは
できんのだろう」
老人の声に、幾分か悲観の調子がこもる。
「いくら大いなる者≠フ力が使役できようと、それのみで道を切り開くには、もはや『彼ら』はこの地に満ちすぎている。待ち人を失うわけにはいかん。彼の
者を待ち続けた我ら自身が、いよいよ動かねばならない時が来たのだと思う」
老人は見えない目で相手を見据えた。
「本来なら、わしも行かねばならんのだろうが、この歳と身体だ。無力にも等しい。まだまだ未熟なお前を、一人で外に送り出すのは心苦しいが……」
こちらの嘆きに反して、相手の顔がぱっと輝くのがわかった。
「行ってくれるか?」
うん! と応える娘の喜びようが、〈繋がり〉を通してじかに伝わってくる。
「よいか。『護り』はもはやここ以外にはない。くれぐれも『彼ら』には油断するな。お前にあたえられた力を過信しては──」
しかし、こちらの警告を最後まで聞くことなく、相手がさっさと部屋を飛び出してしまったのが老人にはわかった。
やれやれ、と老人はため息をついた。
あのはしゃぎよう──あの子の身も心配だが、あの子が向こうの迷惑になるかしれないのも心配になってきた。
だが、こうなればもう任せる他あるまい。事実、それが彼女の役目なのだ。
時はあの子を選んだ……そういうことなのだろう。
自らの前に広がる闇へ、老人は意識を向ける。情けないが己には祈ることしかできない。大いなる者の中で、今も自分達に『護り』をあたえてくれているシリア
へ。
『導き手』であるあの子が、無事に『終の者』を連れてくるように。