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─五章  反組織ネフィアと
          その指導者(4)─



スヴェン達はセラ・シリオスと共に、ブレイエの森にある草原を訪れていた。イノとネフィアの人間らしき相手とが戦った痕跡のあった場所だ。もっとも、七日以上が経過した今となっては、その跡もほとんど消えてしまっている。

もはやただの草地となってしまったこの場に、スヴェン達が再び訪れているのは、英雄がそれを望んだからだった。「討伐軍の進路を定める最後の確認」のためだという。

今ではブレイエの砦にいるすべての人間が、この謎の遠征の目的が反組織ネフィアの殲滅であること、そして「セラーダの英雄」がその指揮をとることを知っていた。

ネフィアの討伐自体は、セラ・ガルナーク将軍の命によるものだという。軍の砦を襲撃してしまったことで、これまで主だった活動もせず謎の組織として放置さ れてきたネフィアは、ついに第一級の討伐対象になってしまった。おそらくこれには、『聖戦』という大事を前にしての、他の反乱分子への牽制の意味合いもあ るだろう。つまりは、見せしめということだ。

相手側の内通者が軍に潜りこんでいる可能性があるため、計画は極秘にすすめられた。各方面の砦から砦への配置移動という形で、兵士達をブレイエに召集させ たのもその一環だ。人員の移動や補充は、不確定な『虫』達の発生状況のおかげでしょっちゅう行われているため、この方法なら怪しまれることはない。しか も、部隊長のみに目的地を知らせ、移動の途中で進路を変えさせるという徹底のしようだ。そして、シリオス自身は、護衛の兵士を二人だけ連れて秘密裏に首都 を発った。

以上の事柄は、シリオスが来訪したさいに説明したものである。だが、スヴェンは疑問に思っていた。

軍がネフィア殲滅を決定したのはわかる。だが、その指揮に「セラーダの英雄」が出向いてきたというのが腑に落ちなかった。彼がフィスルナの外に出たのは、 『継承者』になってからこれが初めてではないだろうか。しかも相手は『虫』ではなく、謎につつまれているとはいえ、たかが反組織である。過去何度かあった これらの撲滅作戦に、英雄が直接手を下したという話は聞いたことがない。

シリオス自身は、出向の理由を「自分と『黒の部隊』の名誉挽回のため」と語っていたが、スヴェンはそれだけではないとみていた。彼がネフィアと『金色の虫』とに、並々ならぬ関心を寄せていたことを思い起こせば、それぐらいはかんたんに推察できる。

むろん、シリオス本人に事実を問いただすことなどできない。自分達は、奇襲の場にいながらたいした働きもできず、それどころか本来の目的である『金色の虫』すら奪われてしまったのだから。だが、その失態のことで彼から咎められることはなかった。

スヴェンは、となりにいるシリオスに目をやった。こちらの調査した結果を聞き終えた後、彼は黒衣をなびかせ、静かに草原を眺め続けている。どこか遠くを見ているような、何かに耳をすましているかのような……そんな雰囲気だった。

「そろそろ砦に戻りましょうか」

やがて、シリオスが口を開いた。

「そして戻りしだい、各小隊長に出立の準備を整えるよう伝えてください」

その言葉に、全員が驚いた顔でシリオスを見た。

「それじゃあ……」ドレクがいった。

「ええ。我々はこれよりブレイエを発ち、反組織ネフィアを討つために進軍します」

「奴らがどこに逃げたのか、わかったんですか?」

ガティがたずねた。

「おおよそですがね」

謙遜ぎみに口にするシリオス。だがその表情に、いっさいの迷いはない。

「あなた方の調査の報告と、『私が独自に調べた情報』とを統合しての結果ですよ」

「独自の……情報ですか?」

「まあ。私も私なりに調査しましたから」

そう言って、シリオスはにこやかに話を打ち切った。おそらく彼自身も間諜を使うなりして、ネフィアについて探っていたということなのか。それにしても、大 部隊を動かす決断にしては、あまりにもあっさりとしすぎている気がする。もしその判断に誤りがあれば、いかに『継承者』であろうと責任はまぬがれないとい うのに。

スヴェンも仲間達も、シリオスの指揮の下で働くのは今回が初めてだった。これが数々の逸話を残している「英雄」ということなのだろうか……。

「もちろん。本作戦には、あなた方も参加してもらいますよ。反組織が相手とはいえ、『何が出てくるか』わかりませんからね」

「了解しました」

なんにせよ事態は動き出した。自分達がこれ以上よけいなことを考える必要はない。兵士として、指揮官の命にただ付き従うのみだ。

ネフィアの行方も、あいつの生死も、そして、あの暗い囁きが語りかけてきたことの真偽も……いずれはっきりするだろう。



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